電車の中に鞄を忘れた。定期や携帯は常にポケットに入れているので、まるで気が付かなかった。今気付いた。鞄の中には財布とPSPが入っていた。大した額は入っていないがPSPとキャッシュカードとクレジットカードと免許証は事が重大である。そして何故かこういう時に限って保険証だのハンコだのを持ち歩いているのだ。それも失くしてしまった。何故今の今まで気付かなかったのだろう。とりあえず警察に遺失物届けを出し、カード類は停止して再発行手続きをした。とりあえず被害は無いようだ、よかった。
まるで現実感が無い。事は重大な筈だが実感が無い。PSPも失くした。モンハンもできないわけだ。セーブデータは先月の30日に何故か一度PCに退避したのがあるので、幸い上位辺りからやり直しはできるけれど、ゲームそのものも紛失した。重大である。実に25800円と60時間分くらいの損害である。もうちょっとうわあとか慌ててもいい気がする。なのに、それが感情として湧いてこない。近頃はずっとそうだ。仕事をしている時ですらそれが本当のことではない。職場の人と話をしている自分、勉強している自分、鞄を失くした自分、鞄を失くした後再発行とかの手続きをしている自分、何もかも本当のことという感じがしない。ただ反応だけが積み重なって1日が過ぎていく。
というよりも……どちらかと言えば何もかもが最初から終わってる気がする。だから慌てたり、焦ったり、何かを感じたところで無駄なのが分かっていた。鞄はどうせ見つからないだろうし、何がしかが悪用されて痛い目に遭うのだろうし、自分がマヌケだってこともすごく今更な話だし、仕事に関してもそうで、初めから何の情熱も無いし、今後何もいい事が起きないのは目に見えている。そこまで分かったらもうそれで終了だと思う。後から思い返したようにうわー大変だーとかこれからがんばらなきゃとか言ってもしょうがないわけで、そんなことよりは今必要とされることをこなすだけだ。生の自分でドタバタする必要なんてこれっぽっちも無い。誰が自分を見てるわけでもなし。誰が自分を必要としてるわけでもなし。自分だって自分なんて要らない。自分なんて死ねばいい。消えればいい。一切の思考を持たず、一切の失敗をせず、日々をプロセス通りに動く機械が代わりにそこにあればいい。そうしたらようやく自分も幸せになれる。